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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)1212号 判決 1998年9月10日

②事件

平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人

朝井好信

右訴訟代理人弁護士

宇都宮健児

今瞭美

山本政明

茨木茂

釜井英法

米倉勉

木村達也

尾川雅清

小松陽一郎

加島宏

村上正巳

田中厚

中村宏

清水洋

長谷川正浩

神山啓史

山下誠

石口俊一

武井康年

我妻正規

石田正也

戸田隆俊

上野正紀

折田泰宏

安保嘉博

藤本明

伊藤誠一

永尾廣久

中田克己

石田明義

髙崎暢

山本行雄

三津橋彬

今重一

平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号上告人

株式会社オリエントコーポレーション

右代表者代表取締役

阿部喜夫

右訴訟代理人弁護士

小杉丈夫

志賀剛一

磯貝英男

細川俊彦

高橋秀夫

飯野信昭

新居和夫

石田裕久

西内聖

奥野雅彦

八代徹也

松尾翼

奥野泰久

内藤正明

森島庸介

主文

原判決中、平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号上告人の敗訴部分を破棄し、同部分につき、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人の控訴を棄却する。

原判決中、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人の別紙記載の請求に関する部分を破棄し、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人のその余の上告を棄却する。

第一項の部分に関する控訴費用及び上告費用並びに前項の部分に関する上告費用は、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人の負担とする。

理由

第一  平成五年(オ)第一二一二号上告代理人小杉丈夫、同志賀剛一、同磯貝英男、同細川俊彦、同高橋秀夫、同飯野信昭、同新居和夫、同石田裕久、同西内聖、同奥野雅彦、同八代徹也、同松尾翼、同奥野久、同内藤正明、同森島庸介の上告理由第一について

一  本件は、平成五年(オ)第一二一一号上告人・同第一二一二号被上告人(以下「一審原告」という。)が、平成五年(オ)第一二一一号被上告人・同第一二一二号上告人(以下「一審被告」という。)から提起された訴訟において、訴状等の書留郵便に付する送達(以下「付郵便送達」という。)が違法無効であったため訴訟に関与する機会が与えられないまま一審原告敗訴の判決が確定し、損害を被ったとして、一審被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求めるものである。一審原告は、右訴訟における一審原告への付郵便送達について、一審被告には受訴裁判所からの照会に対して一審原告の就業場所不明との回答をしたことに故意又は重過失がある旨主張している。

二  原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

1  一審被告は、一審原告の妻が、昭和五九年八月から同六〇年四月にかけて、一審被告が発行した一審原告名義のクレジットカードを利用したことによる貸金債務及び立替金債務の支払が滞りがちであったため、同年一一月、一審原告に対し、通知書を送付したり、電話をかけたりして、右債務等合計四二万円余の支払を督促した。一審原告は、自分は右契約の存在を初めて知ったものであり、妻が契約したらしいなどと述べつつも、右債務の分割払いに応じる姿勢を示していたが、結局同年一二月に合計四万円が支払われるにとどまった。

2  そこで、一審被告は、昭和六一年三月、一審原告に対し、一審原告の妻が右クレジットカードを利用したことによる一審原告名義の前記貸金の残金二六万五三一二円等及び前記立替金の残金七万九六五二円等の支払を求めて、札幌簡易裁判所に貸金請求訴訟及び立替金請求訴訟をそれぞれ提起した(以下併せて「前訴」という。)。受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における訴状等の送達が一審原告不在によりできなかったため、一審被告に対し、訴状記載の住所に一審原告が居住しているか否か及び一審原告の就業場所等につき調査の上回答するよう求める照会書をそれぞれ送付した。

3  その当時、一審原告は、釧路市内の株式会社網走交通釧路営業所に勤務していたが、たまたま昭和六一年一月から東京都内に長期出張をして、右勤務先会社が下請をした業務に従事中であり、同年四月二〇日ころ帰ってくる予定であった。右勤務先会社においては、出張中の社員あての郵便物が同社に送付されたときは社員の出張先に転送し、出張中の社員と連絡を取りたいとの申出があったときは連絡先を伝える手はずをとっていた。また、一審原告は、昭和六〇年一一月ころ、一審被告から右勤務先会社気付で一審原告あてに郵送された支払督促の通知書を同営業所長を介して受領したことがあり、一審被告の担当者に対し、一審原告あての郵便物を自宅ではなく右勤務先会社に送付してほしい旨要望していた。

4  しかし、一審被告の担当者は、裁判所からの前記照会に際し、裁判所から回答を求められている一審原告の就業場所とは、一審原告が現実に仕事に従事している場所をいうとの理解の下に、昭和六〇年一一月当時に一審原告から稼働場所として伝えられていた富士セメントに問い合わせ、一審原告が本州方面に出張中で昭和六一年四月二〇日ころ帰ってくる旨の回答を受けただけで、更に右勤務先会社に一審原告の出張先や連絡方法等を確認するなどの調査をすることなく、貸金請求事件については、同月一一日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載した上、「本人は出張で四月二〇日帰ってきます。家族は訴状記載の住所にいる。」旨を付記して回答し、立替金請求事件については、同月一八日、一審原告が訴状記載の住所に居住している旨及び一審原告の就業場所が不明である旨を記載して回答した。

5  受訴裁判所の担当各裁判所書記官は、いずれも、右各回答に基づき、一審原告の就業場所が不明であると判断し、一審原告の住所あてに各事件の訴状等の付郵便送達を実施した。右送達書類は、いずれも一審原告不在のため配達できず、郵便局に保管され、留置期間の経過により裁判所に還付された。なお、右付郵便送達は、札幌簡易裁判所の昭和五八年四月二一日付け「民事第一審訴訟の送達事務処理に関する裁判官・書記官との申し合わせ協議結果」による一般的取扱いに従って実施されたものである。

6  前訴における各第一回口頭弁論期日では、いずれも一審原告が欠席したまま弁論が終結され、昭和六一年五月下旬、一審原告において請求原因事実を自白したものとして、一審被告の請求を認容する旨の各判決(以下併せて「前訴判決」という。)が言い渡された。右各判決正本は、同年五月末から六月初めにかけて、それぞれ一審原告の住所に送達され、一審原告の妻が受領したが、これを一審原告に手渡さなかったため、一審原告において控訴することなく、前訴判決はいずれも確定した。

7  一審被告は、昭和六一年七月二二日、釧路地方裁判所に対し、前訴貸金請求事件の確定判決を債務名義として一審原告に対する給料債権差押命令の申立てをしたが、同月二七日、右申立てを取り下げた。一審原告は、一審被告に対し、同月二九日に二〇万円、同年一〇月から昭和六二年四月にかけて計八万円の合計二八万円を支払った。

8  一審原告は、昭和六二年一〇月五日に前訴判決の存在及びその裁判経過を知ったとして、同年一一月二日、札幌簡易裁判所に前訴判決に対する再審の訴えを提起したところ、同裁判所は、前訴における訴状等の付郵便送達が無効であり、旧民訴法四二〇条一項三号所定の事由があるとしたが、上訴の追完が可能であったから、同項ただし書により再審の訴えは許されないとして、右再審の訴えをいずれも却下する判決を言い渡した。これに対して一審原告は、札幌地方裁判所に控訴を、更に札幌高等裁判所に上告を提起したが、いずれも排斥されて、右各判決は確定した。

三  原審は、前記事実関係の下において、次のとおり判示して、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告による不法行為と因果関係のある損害であるとして、右の限度で一審原告の請求を一部認容した。

1  一審被告が、前訴において、一審原告に対する請求権の不存在を知りながらあえて訴えを提起したなど、訴訟提起自体について一審原告の権利を害する意図を有していたとは認められないが、一審被告は、前訴の提起に先立つ一審原告との交渉を通じて、一審原告の勤務先会社を知っていたのであるから、受訴裁判所からの前記照会に対して回答するについては、一審被告において把握していた右勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に詳細に調査確認をすべきであり、かつ、右調査確認が格別困難を伴うものでなかったにもかかわらず、これを怠り、安易に受訴裁判所に対して、一審原告の就業場所が不明であるとの誤った回答をしたものであって、この点において一審被告には重大な過失がある。

2  前訴における一審原告に対する訴状等の付郵便送達は、右のような一審被告の重大な過失による誤った回答に基づいて実施されたものであるから、付郵便送達を実施するための要件を欠く違法無効なものといわざるを得ず、そのため、前訴においては、一審原告に対し、有効に訴状等の送達がされず、訴訟に関与する機会が与えられないまま一審被告勝訴の判決が言い渡されて確定するに至ったものである。

3  前訴において一審原告に出頭の機会が与えられ、その口頭弁論期日において、一審原告から、一審被告との間のクレジット契約等につき、妻が一審原告の名義を無断で使用して一審被告との間で締結したものである旨の主張が提出されていれば、前訴判決の内容が異なったものとなった可能性が高い。

4  確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償請求が是認されるのは、確定判決の取得又はその執行の態様が著しく公序良俗又は信義則に反し、違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性の要請を考慮してもなお容認し得ないような特段の事情がある場合に限られるところ、本件においては、一審被告の訴訟上の信義則に反する重過失に基づき、何ら落ち度のない一審原告が前訴での訴訟関与の機会を妨げられたまま、前訴判決が形式的に確定し、しかも、前訴判決の内容も、一審原告に訴訟関与の機会が与えられていれば異なったものとなった可能性が高いにもかかわらず、一審原告が訴訟手続上の救済を得られない状態となっているなどの諸般の事情にかんがみれば、確定判決の既判力制度による法的安定の要請を考慮しても、法秩序全体の見地から一審原告を救済しなければ正義に反するような特段の事情がある。

四  しかしながら、原審の右三の2ないし4の判断は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  民事訴訟関係書類の送達事務は、受訴裁判所の裁判所書記官の固有の職務権限に属し、裁判所書記官は、原則として、その担当事件における送達事務を民訴法の規定に従い独立して行う権限を有するものである。受送達者の就業場所の認定に必要な資料の収集については、担当裁判所書記官の裁量にゆだねられているのであって、担当裁判所書記官としては、相当と認められる方法により収集した認定資料に基づいて、就業場所の存否につき判断すれば足りる。担当裁判所書記官が、受送達者の就業場所が不明であると判断して付郵便送達を実施した場合には、受送達者の就業場所の存在が事後に判明したときであっても、その認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くなどの事情がない限り、右付郵便送達は適法であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、前訴の担当各裁判所書記官は、一審原告の住所における送達ができなかったため、当時の札幌簡易裁判所における送達事務の一般的取扱いにのっとって、当該事件の原告である一審被告に対して一審原告の住所への居住の有無及びその就業場所等につき照会をした上、その回答に基づき、いずれも一審原告の就業場所が不明であると判断して、本来の送達場所である一審原告の住所あてに訴状等の付郵便送達を実施したものであり、一審被告からの回答書の記載内容等にも格別疑念を抱かせるものは認められないから、認定資料の収集につき裁量権の範囲を逸脱し、あるいはこれに基づく判断が合理性を欠くものとはいえず、右付郵便送達は適法というべきである。したがって、前訴の訴訟手続及び前訴判決には何ら瑕疵はないといわなければならない。

2  当事者間に確定判決が存在する場合に、その判決の成立過程における相手方の不法行為を理由として、確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求をすることは、確定判決の既判力による法的安定を著しく害する結果となるから、原則として許されるべきではなく、当事者の一方が、相手方の権利を害する意図の下に、作為又は不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔するなどの不正な行為を行い、その結果本来あり得べからざる内容の確定判決を取得し、かつ、これを執行したなど、その行為が著しく正義に反し、確定判決の既判力による法的安定の要請を考慮してもなお容認し得ないような特別の事情がある場合に限って、許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第九〇六号同四四年七月八日第三小法廷判決・民集二三巻八号一四〇七頁参照)。

これを本件についてみるに、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告の不法行為により被った損害であるとして、その賠償を求める一審原告の請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるところ、前記事実関係によれば、前訴において、一審被告の担当者が、受訴裁判所からの照会に対して回答するに際し、前訴提起前に把握していた一審原告の勤務先会社を通じて一審原告に対する連絡先や連絡方法等について更に調査確認をすべきであったのに、これを怠り、安易に一審原告の就業場所を不明と回答したというのであって、原判決の判示するところからみれば、原審は、一審被告が受訴裁判所からの照会に対して必要な調査を尽くすことなく安易に誤って回答した点において、一審被告に重大な過失があるとするにとどまり、それが一審原告の権利を害する意図の下にされたものとは認められないとする趣旨であることが明らかである。そうすると、本件においては、前示特別の事情があるということはできない。

五  したがって、一審原告の前記請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの点において理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中、一審被告敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、一審原告の右請求は理由がなく、これを棄却した第一審判決は結論において正当であるから、一審原告の控訴を棄却すべきである。

第二  平成五年(オ)第一二一一号上告代理人宇都宮健児、同今瞭美、同山本政明、同茨木茂、同釜井英法、同米倉勉の上告理由第七及び第八について

一  一審原告が一審被告から前訴判決に基づく給料債権差押えの通告を受けたことによる精神的苦痛に対する慰謝料請求については、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求に帰するものであって、前記第一の四の説示に照らして理由のないことは明らかであるから、右請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するものであって、採用することができない。

二  一審原告の前訴判決に対する再審訴訟の提起に係る弁護士費用相当額の損害賠償請求については、前記第一の四のとおり、前訴における訴訟手続及び前訴判決には瑕疵はなく、再審は本来成り立ち得ないものであって、右弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がないというべきであるから、これを棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響のない説示部分を論難するか、又は原審において主張しなかった事由に基づいて原判決の不当をいうものであって、採用することができない。

三  一審原告の別紙記載の請求について、原審は、これが確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求であるとの前提に立って、一審原告が主張するような精神的苦痛を受けたとしても、一審原告が前訴判決に基づく債務の弁済として一審被告に対して支払った二八万円につき、一審被告に対し損害賠償を命ずる以上、それを超えて精神的損害の点についてまで賠償請求を認める必要はないとして、これを棄却すべきものと判断した。しかしながら、右請求は、確定した前訴判決の既判力ある判断と実質的に矛盾する損害賠償請求には当たらず、しかも、前記第一の四のとおり、一審原告が一審被告に対して支払った二八万円についての損害賠償請求を肯認することはできないのであるから、原審の右判断における理由付けは、その前提を欠くものであって、これを直ちに是認することはできない。

したがって、前記理由付けをもって一審原告の別紙記載の請求を棄却すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中、一審原告の右請求に関する部分は破棄を免れず、損害発生の有無を含め、右請求の当否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。

第三  以上の次第で、原判決中、一審被告敗訴の部分を破棄して、同部分に関する一審原告の控訴を棄却するとともに、一審原告の別紙記載の請求に関する部分を破棄して、同部分につき、本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし、一審原告のその余の上告は理由がないから、これを棄却することとする。

よって、判示第二の三につき裁判官藤井正雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

判示第二の三についての裁判官藤井正雄の反対意見は、次のとおりである。

私は、法廷意見が原判決のうち一審原告の別紙記載の請求を棄却した部分について破棄差戻しを免れないとした点には、賛成することができない。

この点に関する一審原告の請求は、一審被告が前訴の担当各裁判所書記官からの照会に対して誤った回答をしたことに基づき、一審原告に訴状等の付郵便送達が実施されたが、一審原告が実際にその交付を受けるに至らず、前訴の第一審手続に関与する機会を奪われたとして、一審被告に対し、これにより被った精神的損害の賠償を求めるというものである。

民事訴訟は、私法上の権利の存否を国の設ける裁判機構によって確定する手続であり、対立する両当事者に手続への関与の機会を等しく保障することが基本をなすことはもちろんである。しかし、その手続は、争われている権利の存否とは無関係に手続の実施そのものに独自の価値があるというものではない。ある当事者が民事訴訟の訴訟手続に事実上関与する機会を奪われたとする場合において、これにより自己の正当な権利利益の主張をすることができず、その結果、本来存在しないはずの権利が存在するとされ、あるいは存在するはずの権利が存在しないとされるなど、不当な内容の判決がされ、確定力が生じてもはや争い得ない状態となったときに、その者に償うに値する精神的損害が生じるものと解すべきであり、判決の結論にかかわりなく訴訟手続への関与を妨げられたとの一事をもって、当然に不法行為として慰謝料請求権が発生するということはできない。

また、訴訟手続における当事者の権利は、これをわが国の裁判制度の三審制のもとで考えた場合、当事者がたとえ第一審の手続に事実上関与する機会を得られなかったとしても、上訴の機会があり上級審の手続を追行することが可能であったならば、その段階で攻撃防御を尽くすことができ、当事者の手続関与の要請は満たされたことになるのであり、上級審の手続のために特別の費用を要したことは別として、第一審手続に関与できなかったこと自体による精神的損害を考える必要はないというべきである。

本件においては、前訴の第一審判決は一審原告の住所にあてて正規の特別送達が行われ、一審原告の妻が同居者としてその交付を受けたが、一審原告にこれを手渡さなかったために、一審原告の目に触れることなく、判決が確定してしまったのである。しかし、これは、夫婦間に確執があり、相互の意思の疎通を欠いていたためにそうなったことがうかがわれるのであって、上訴の手続をとる時機を逸したことは一審原告の支配領域内における事情によるもので、自らの責めに帰するほかはなく、訴訟への関与の機会を不当に奪われたことにはならない。手続に関して瑕疵があるとするときは、上級審で是正されるのが本筋であり、本件ではそれが可能であったのである。

さらに、記録によれば、一審被告が一審原告に対して昭和六一年四月に起こした別件の立替金請求訴訟においては、一審原告の勤務先会社にあてて訴状等の特別送達が実施され、一審原告は受交付者を介してこれを受領したにもかかわらず、口頭弁論期日に出頭せず、何らの争う手段もとらなかったことがうかがわれ、また、本件の貸金及び立替金についても、一審原告は訴訟前には分割払いに応じる姿勢を示していたことは、原判決の確定するところであり、前訴判決の結論が、本来存在しないはずの権利を存在するとした不当なものであったと認めるに足りないといわざるをえない(原判決は、前訴において一審原告が出頭の機会を与えられていれば、異なった判決になった可能性が高いというが、確かな根拠は示されていない。)。

そうすると、原判決中、一審原告が前訴の第一審手続への関与の機会を不当に奪われたことを理由とする慰謝料請求を棄却した部分は、結論において正当であるから、この点に関する一審原告の上告は理由がないというべきである。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

別紙<省略>

上告代理人宇都宮健児、同今瞭美、同山本政明、同茨木茂、同釜井英法、同米倉勉の上告理由

第一 はじめに

一 上告人は、本件控訴審の一九九一年一〇月八日付準備書面(一)において、一審判決の不誠実さと異様さを指摘し、大要次のように述べた。

本件には、裁判所によって審理されている本件紛争の当事者の一方が、他ならぬ裁判所自身であるという特殊性がある。しかし、だからといって我々は、裁判所の公正な職務遂行を疑ってはいない。右の特殊性のゆえに、国民からその公正さを疑われかねない微妙な立場にあるからこそ、裁判所は、襟を正して公正な裁判をしてくれるだろうと信頼している。

二 これに対して、控訴審判決(以下「原判決」という)は、一審判決のあまりにも独善的かつ非常識な、常軌を逸した判示の一部についてはこれを取消し、被上告人株式会社被オリエントコーポレーション(以下「被上告人会社」という)について一定の責任を認めた。当然のことであり、評価したい。

しかし、裁判所自身の責任に関する点については、原判決もまた、一審判決の判断と全く同じであるとして、これを総て引用し、僅か二頁にも満たない判示でもって、総て棄却した。

上告人は、控訴審において、被上告人国の責任についても、具体的に一審判決の問題点や判断の脱漏、誤りを指摘して、改めて判断を求めている。しかし、原判決もまた、その主張に対し、正面からこれに答えることなく、理由も述べずに否定するという挙に出た。原判決は、結局、裁判所自身の責任が問われた点については何ら真摯な態度を見せないまま、共同不法行為者である被上告人会社の責任のみを認めたのである。

三 我々の裁判所に対する信頼は、残念ながら控訴審でも回復できなかった。最高裁判所は、憲法の番人として、我々の裁判所に対する信頼を回復するためにも、我々の主張に対して、十分に審理し、判断を示して頂きたい。また、裁判所の犯した誤りは、是非裁判所自身が、これを正して頂きたい。

四 新堂幸司「郵便に付する送達について」(鈴木祿弥古稀記念「民事法学の新展開」所収)五一三頁は、この問題は裁判を受ける権利に直接かかわる憲法上の問題であると指摘している。本件においては、まさに国民の裁判を受ける権利の保障が問われているのである。

第二ないし第五<省略>

第六 被上告人会社に対する不法行為に基づく損害賠償請求について

原判決に対しては、被上告人会社も上告しており、当然、原判決が、本件について「……確定判決取得またはその執行の態様が著しく公序良俗または信義則に反し、違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性の要請を考慮してもなお容認し得ないような特段の事情」の存在を認めたことについて、異議を唱えてくるものと思われる。しかし、本件各証拠によってみとめられる以下の事実ないし事情によれば、すなわち、

(一) 被上告人会社担当者辰口は、上告人から、「本件二件の契約については督促状(後記)を見て初めて知った、同契約はいずれも妻の淳子が上告人の了解を得ないまま上告人名義でやったと思われる、したがって郵便は自宅へ送らず網走交通釧路営業所に送って欲しい」旨の内容の電話を受けていたこと、その電話は、上告人が富士セメントに派遣されているときに右辰口が網走交通釧路営業所に宛てて郵送した督促状を、同営業所所長を経由して上告人が受領したために、上告人がかけたものであったこと、上告人の妻は、被上告人会社の当該案件を担当していた職員の間でも「まず、適当な女性」などと素行にかなり問題がある人物であるとの認識を抱かれていたこと等から、右辰口は、本件二件の債務について訴訟を提起した場合、上告人から否認の答弁が出されること及び訴状等の訴訟関係書類が自宅に送達された場合、妻が同書類を隠匿し、上告人に渡さない可能性が高いことを十分に予見していた。

(二) 上告人と被上告人会社との間の別件の債務(健康器具のクレジット購入契約)についての訴状には、就業場所として「株式会社網走交通」の住所が記載されているのに、右辰口は、本件二件の債務について訴訟を提起するにあたり、訴状作成担当者に対する引き継ぎカードに上告人の就業場所を記載せず、そのため本件二件の訴状には就業場所の記載がなされていない。また、右辰口は、裁判所からの上告人の就業場所についての照会に対し、「就業先不明」との回答書を作成し、書記官をして訴状等の送達につき、付郵便送達をなさしめ、結果的に上告人は、本件について裁判が起こされていることを知らないまま、被上告人会社の請求認容の欠席判決がなされた。同判決書は妻に対して補充送達がなされたが、妻が隠匿したため、判決の存在についても上告人は知らなかった。

しかし、仮に本件訴訟で訴状及び第一回口頭弁論呼出状を上告人が現実に受領していた場合、上告人が前記督促状受領の際にとった行動から見て、上告人が弁論期日に口頭でまたは書面で本件各契約の成立を否認し、当該訴訟において上告人の主張が認められ、被上告人会社の請求が棄却された可能性が高い。

また、右辰口による右一連の行為の弁解については、上告人控訴審準備書面(一)第二、一、3、(二)及び同準備書面(3)第一、二で述べたとおり、不自然極まりなく、信用できず、むしろそこには実際は知っていたのにあえて記載しなかったものを何とかして「うっかりミス」に納めてしまおうという作為性を感じざるを得ない。

(三) 本件では、本件訴状及び第一回口頭弁論期日呼出状の付郵便送達は要件を欠き、無効であるから、有効に訴状の送達がされず、その故に被告とされた者が訴訟に関与する機会が与えられないまま判決がされた場合として民訴法四二〇条一項三号の再審事由があるところ、上告人は、判決後約一年半経った昭和六二年一〇月五日、本件各判決について再審事由が存在することを知ってから、直ちに再審の訴を提起しており、本件各判決に対する必要な救済手段を行使した。にもかかわらず、本件損害賠償請求が認められないとすると、上告人は、真実とは違った判決に一生拘束されなければならず、著しく正義に反する事態が生じてしまい、国民の裁判に対する信頼を裏切る結果を生じてしまう。

というような事実及び事情によれば、原判決が、被上告人会社の重過失を認めるなどして右「特段の事情」を認定したことは極めて正当であるが、さらに進んで、上告人は、本件は、被上告人会社について、本件第一、第二事件の訴えの提起自体において上告人を害する意図があったものと認定できる事案であると考える。

第七 損害額について

一 控訴の追完の論点について

損害額については、第一審及び控訴審を通じて「控訴の追完をしてこれを争い、自らの権利を防御しようともしていなかった者が、第一審手続を受けられなかったからといって、何程の精神的損害を被ったというのであろうか」「再審という手段を選択したとしても、それは、民事訴訟手続に対する無理解に起因するものであり、その責めは、そのような無理解に基づく手続を選択した原告自体が負うべきものであって、これによって原告に何らかの損害が生じたとしても、それを被告らに転嫁すべきものではない」(一審判決)などという、「国民に分かりやすい司法」という見地からみると、無意味・無内容な議論が闘わされてきた。しかし、原判決は、この点につき、最高裁判所平成四年九月一〇日判決に則り、「上訴の追完の制度は、……当事者救済のための制度であり、これを主張するかどうかは基本的に当事者の意思によると解せられるのであって、再審事由が存在すると認められる場合に、上訴の追完をなし得たことを理由に再審の訴えを許さないとすることは明らかに相当でないと考えられる」と明快な回答を与えてくれた。最高裁におかれてもみずから示した判例に従い、このような「国民に分かりにくい」議論を上告審において決して蒸し返すことのないように望むものである。

二 第一審手続を受けられなかったことによる精神的損害及び給料債権差押え等を上告人会社社員に通告されたこと等による精神的損害について

原判決は、右損害について、「控訴人が控訴人主張のような精神的損害を受けたとしても……控訴人が既に支払い済みの二八万円を損害賠償として請求し得るとすれば十分で、それ以上に精神的損害の点まで賠償請求を認める必要は認められない」旨判示する。

しかし、上告人が第一審手続を受ける権利を奪われ、かつ給料債権差押え等を被上告人会社から上告人会社社員に通告された結果、精神的損害を被ったことは争いがない事実である。しかも、第一審手続を受ける権利は憲法で保証された裁判を受ける権利の一内容である。これら権利が侵害されているにもかかわらず、これを無視した原判決は憲法三二条に違背し、また判決に影響を及ぼすこと明らかなる経験則違背がある。

三 弁護士費用について

原判決は、「既に理由がないと却下された確定した前記再審申立のための弁護士費用は損害とは認めがたい」旨判示する。

しかし、本件で上告人が今弁護士に、まず再審申立を依頼していなければ、前述のように、本件訴訟で確定判決の既判力制度による法的安定の要請を考慮しても、法秩序全体の見地から上告人を救済しなければ正義に反するような特別の事情があるとは認められていなかったのであり、本訴訟で勝訴するためには不可欠の出捐であった。

また、再審申立の依頼は、当然本訴訟に対する依頼も含む趣旨であり、訴状における弁護士費用の主張も、このように解すべきであるから、少なくとも、本件訴訟における弁護士費用は損害として認定すべきである。

この点で原判決には、判決に影響をおよぼすこと明らかなる法令適用ないし経験則の違背がある。

第八 訴訟費用負担の判決について

原判決は、訴訟費用について、「控訴人と被控訴人会社に対する訴訟費用は、第一、二審を通じて一〇分し、その一を同被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする」旨判示する。

しかし、少なくとも本訴訟は、被上告人会社の訴訟上の信義則に反する不法行為により、その損害を回復するために、やむを得ず提起したものである。しかも、上告人は、めぼしい資産も特にない平凡な一市民であり、一方、被上告人会社は、巨大な債権管理システムと資産を有する日本でも有数の信販会社である。

そのような事情を考慮すると、原判決の訴訟費用に関する判決は、上告人に著しく実質的に公平に反する負担を命じるもので、この点につき、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令適用の違背がある。

上告代理人小杉丈夫、同志賀剛一、同磯貝英男、同細川俊彦、同高橋秀夫、同飯野信昭、同新居和夫、同石田裕久、同西内聖、同奥野雅彦、同八代徹也、同松尾翼、同奥野久、同内藤正明、同森島庸介の上告理由

第一 法令違背、最高裁判例違反について

一 原判決の要旨と論理構成

1 原判決は、確定判決が存在する場合に、当該確定判決の既判力ある判断と実質的に矛盾するような不法行為に基づく損害賠償が是認されるのは、「判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを故意に妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行(実質的に執行に準ずる場合を含む。)した場合であるなど、確定判決取得またはその執行の態様が著しく公序良俗又は信義則に反すること、及び違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性を考慮してもなお容認しえないような特段の事情がある場合である」と判示して、最高裁判例(最高裁判所昭和四四年七月八日判決、民集二三巻八号一四〇七頁参照)を引用する(原判決一五丁)。即ち、原判決は、害意をもって確定判決を取得し、かつ、これを実行する場合を、一つの例示としつつ、(1)確定判決取得またはその執行の態様が著しく公序良俗又は信義則に反すること、及び(2)違法性の程度が裁判の既判力による法的安定性を考慮してもなおかつ容認しえないような特段の事情があること、の二つの要件を満たす場合には、前記最高裁判決の下で不法行為に基づく損害賠償の請求が容認されるとするのである。

2 そして、この大前提の下に、原判決は、右(1)の著しい公序良俗又は信義則違反の要件について、次の二つの事実の存在をもって信義則違反があるとする。

(一) 上告人が、付郵便送達に関する札幌簡易裁判所からの照会に対して「就業先不明」の回答をし、その結果被上告人欠席のまま、同裁判所より被上告人敗訴の判決がなされたことにつき、「被上告人の就業場所を不明であると回答するについては網走交通釧路営業所を通じて被上告人の出張先や期間、郵便物をどこに提出すれば被上告人に届くか、被上告人の連絡先などについてさらに詳細に調査すべき注意義務を負っていたというべきであり、この調査確認が特に困難であったとの特別の事由もない」から上告人担当者に重大な過失があった(二〇丁、二一丁)。

(二) 上告人担当者が、事前の督促の過程でファイナンス契約及びクレジット契約はいずれも妻の淳子が被上告人の了解を得ないまま被上告人名義でやったと受け取れる趣旨のことを告げられており、上告人職員の間で右淳子が素行に問題がある人物であるとの認識を抱いていたので、裁判になった場合、被上告人からそのような抗弁(法律上は積極否認である)が出されることが当然予見できた(二一丁)。そして、このような状況にありながら上告人が必要にして十分な調査を経ないで、容易に「就業場所不明」の回答をなし、欠席判決を得たことは「訴訟上の信義則に反するとの評価をされてもやむを得ない」とする(二二丁、二五丁)。(なお、原判決が前記の大前提において「著しい信義則違反」を要件としながら、単に「訴訟上の信義則に反する」として上告人に不法行為責任を認めているのは、明らかな理由齟齬である)

3 次に、原判決は、大前提の右(2)の要件である特段の事情の存在について、次の二つの事実の存在をもって、特別(特段と同義か)の事情ありと判断している。

(一) 札幌簡裁の判決内容も、淳子が勝手に被上告人の名を用いてファイナンス契約及びクレジット契約をしたとの抗弁(前述のとおり、法律上は積極否認)が提出されれば、被上告人の主張が認められる可能性が高いことを否定できない(二二丁)。

(二) 被上告人に再審の訴えも許されてしかるべきであると判断される余地があり(最高裁判所平成四年九月一〇日判決、判例時報一四三七号五六頁)、被上告人において本件各一審判決に対する救済手段を尽くしていないと評価できないにもかかわらず何ら救済が得られない状態になっている(二二丁乃二五丁)。

二 最高裁昭和四四年七月八日判決の射程と原判決による判旨逸脱

1 原判決がその判示の根拠として引用する最高裁昭和四四年七月八日判決(以下「最高裁昭和四四年判決」という)は、「YのXに対する別件貸金等請求事件において、裁判外の和解が成立し、Xが和解金額を支払ったため、YがXに対して右訴を取下げる旨約したにもかかわらず、右約旨に反し確定判決を不正に取得し、確定判決を不正に利用した悪意または過失ある強制執行によって、Xをして右判決の主文に表示された一三万余円の支払を余儀なくさせ、もって右相当の損害を負わせたので、XがYに対して不法行為による損害を求めた」という事案について「判決が確定した場合には、その既判力によって右判決の対象となった請求権の存在することが確定し、その内容に従った執行力の生ずることはいうをまたないが、その判決の成立過程において、訴訟当事者が、相手方の権利を害する意図のもとに、作為または不作為によって相手方が訴訟手続に関与することを妨げ、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い、その結果本来ありうべからざる内容の確定判決を取得し、かつこれを執行した場合においては、右判決が確定したからといって、そのような当事者の不正が直ちに問責しえなくなるいわれなく、これによって損害を被った相手方は、かりにそれが右確定判決に対する再審事由を構成し、別に再審の訴を提起しうる場合であっても、なお独立の訴によって、右不法行為による損害の賠償を請求することを妨げられないものと解すべきである。」と判示したものである。

即ち、最高裁昭和四四年判決は、確定判決の不当取得に対する救済として不法行為に基づく損害賠償請求を認めるにつき、次の四つの要件を掲げたのである。(イ)相手方の権利を害する意図(害意)(ロ)不正な行為(ハ)本来ありうべからざる内容の確定判決の取得および執行(ニ)損害の発生。

2 そもそも、一般に原告の請求を認容する判決が確定し、強制執行により、もしくはよらずに利益を享受したあと、被告(執行法の債務者)が、訴提起にはじまる一連の行為もしくは個々の行為を不法行為と主張し、原告(執行法上の債権者)に対し損害賠償責任を問いうるかについては、判決の既判力がもたらす法的安定性の要請と、具体的個別的な正義の要請の相克の問題として、我国判例にも大審院時代より変遷があり、学説も積極説と消極説に分かれていたところである。そして、最高裁昭和四四年判決は、右の問題について、正面から積極説を採用することを明らかにしたものと評価されているのである(千種秀夫・昭和四四年最判解説[七三]七三六頁、紺谷浩司・確定判決の無効と詐取(騙取)講座民事訴訟⑦上訴・再審三五五頁参照)。

しかしながら、最高裁昭和四四年判決が積極説を採用したからといって、その判旨が同判決が前提としている事実関係を離れてむやみに拡張されるべきではないことは当然である(伊藤正己元最高裁判事は、日本では判示中の一般論が、事案における重要な事実との結合なしに展開されることが多い結果、広い適用領域をもつ判例法が形成されるおそれが大きいことを的確に指摘されている(伊藤正己「裁判官と学者の間」二五頁))。

即ち、法的安定性の要求と具体的正義の要求が相互に背馳する場合の調整としては、訴訟法自体が再審の一般規定を設けているのであり、みだりに、それ以上に出て、特定の実体規定の適用に関し例外的に既判力の失効ないし後退を認めることは許されず、既判力にかかわらず不法行為に基づく損害賠償請求を容認しなければならない場合でも、あくまでも極めて例外的な事態に対する非常手段にとどめるべきものなのである(中野貞一郎・「確定判決に基づく強制執行と不法行為の成否」民商法雑誌六〇巻五号八五七頁、八六三頁、八六五頁)。そして、最高裁昭和四四年判決後の下級審判決には、意識的に最高裁判決の射程範囲を限定しようとしているものがある(東京高裁昭和四五年一〇月二九日判決、判例時報六一〇号五三頁)。

このような観点からみれば、原判決が判示した前記の大前提は、最高裁昭和四四年判決の判旨を大幅に逸脱したものであることは明瞭である。特に問題なのは、最高裁昭和四四年判決が掲げた四つの要件のうち第一の要件、即ち「相手方の権利を害する意図(害意)」を、単なる例示として、「確定判決取得またはその執行の態様が著しく公序良俗または信義則に反すること」と置き換え、更にこれを「訴訟上の信義則違反」にすりかえ、結果的に、原判決の認定する上告人担当者の故意すらない行為(この行為が重過失であるとの認定が証拠に基づかない誤ったものであることは、後に詳述する)に適用していることである。

確かに、最高裁昭和四四年判決の判旨については、千種調査官(当時)が、「その基準を公序良俗違反に求めてみても、具体的事案における個別的判断においては、決定的な役割を期待しえないであろう。そうなると、本件も、その基本的態度において積極説をとった判例といえるけれども、具体的には、一つの事例に止まるのであって、一般的に損害賠償請求をすることのできる限界については、なお今後の事例の積み重ねにまたなければなるまい」(同解説七四八頁)と説かれるところは正当であり、最高裁昭和四四年判決が確定判決ある場合に不法行為責任が認められる場合の一例を示したものと考えるべきであろう。

しかしながら、それは、原判決が上告人に害意のない場合に最高裁昭和四四年判決を適用するために意図的に行った、「相手方の権利を害する意図(害意)」の要件を「訴訟上の信義則違反」、「重過失」、「特段の事情」にすりかえることは全く次元の異なることである。

原判決が「相手方の権利を害する意図(害意)」にかえて「信義則」を一要件としてもち出したのは、右千種調査官の解説が判決検討の結論として、「要するに、本件は、前訴の請求権が実質上消滅していたことは当然として、現実に訴訟手続に関与せず、その信義にもとる行為にあること、および確定判決の執行が、相手方の約束に反し、同様信義にもとるものであることの二点に要約しうるのではなかろうか」とされている(同解説七四九頁)ことに依拠したのかもしれない。しかしながら、千種調査官の右結論は、その結論の直前の、「本件事案の特徴を視察してみると、以下のことがいえるように思う。即ち、本件では、Xは形式的に前訴の手続に参与する機会がなかったわけではないが、相手方の行為によって、その必要はないと確信していたとみられ、事実一度も訴訟手続に参与しないまま欠席判決がされ、これが確定したのである。……」という記述を受けて書かれているのであって、同調査官がいわれる信義にもとる行為とは、Yの側に相手方を害する意思(害意)があることを前提としたものであることが一見して明らかである。もし、千種調査官の右結論部分がその結論の前提を離れて一人歩きしているのであれば、前記の伊藤元最高裁判事の「最高裁判決の判示中の一般論の一人歩き」についての警鐘が、そのまま「調査官解説の結論の一人歩き」についても当てはまるといわなければならない。

最高裁昭和四四年判決と関連性を有すると考えられる他の最高裁判決、即ち、騙取した債務名義の効力を否定した判決(最高裁判所昭和四三年二月二七日民集二二巻二号三一六頁)も、債務者の無権代理人により作成嘱託された公正証書に基づく強制競売を無効とした判決(最高裁判所昭和五〇年七月二五日民集二九巻六号一一七〇頁)も、いずれも、加害者の側に相手方を害する意思(害意)があった事例であることが、留意されなければならない。

そもそも本件には、被上告人が平成元年七月一八日付訴状により、「上告人に害意があること」を理由に提訴したが、その立証ができないため、第一審の審理終結間近になって、平成二年一月二三日付準備書面(五)をもって、苦し紛れに「重大な過失」の主張を追加するに至ったというのが本件の審理経過である。

もし、仮に最高裁判所が、本件の事実関係の下で、上告人に対し、不法行為責任を問うのであれば、それは最高裁昭和四四年判決の変更であり、大法廷判決をもってなされなければならないものである。

第二 上告人に信義則違反のないことについて

原判決が最高裁昭和四四年判決の射程を逸脱したものであることは、前記第一で明らかにしたところであるが、念のため、原判決の信義則についての判断の誤りについて、更に敷衍して次のとおり上告理由を述べる。

一 重過失についての判断の判例違背

1 原判決は、(1)上告人の調査に重過失があったことをもって信義則違反の理由とする。

そして原判決は、「被上告人の就業場所を不明であると回答するについては、網走交通釧路営業所を通じて被上告人の出張先や期間、郵便物をどこに提出すれば被上告人に届くか、被上告人の連絡先などについてさらに詳細に調査すべき注意義務を負っており、その調査確認が特に困難であったとの特別事由もない」として、上告人に重過失ありと判断する。

(一) 上告人担当者辰口の行為について原審が認定した事実は、第一審判決の認定したところとほとんど同一である。つまり、同一事実について、第一審は辰口の軽過失と評価したのに対し、原審は重過失と評価したことになる。そして、原判決は、第一審判決と異なる評価をするに至った理由を何ら明らかにしていない。

(二) 原判決の右判断は、重過失についての大審院並びに最高裁の判例に違背している。

判例によれば、重大なる過失とは、

「相當ノ注意ヲ爲スニ及ハスシテ容易ニ違法有害ノ結果ヲ豫見シ回避スルコトヲ得ヘカリシ場合ニ於テ漫然意ハル之ヲ看過シテ回避防止セサリシカ如キ殆ト故意ニ近似スル注意缺如ノ状態ヲ謂フモノトス」(大審院大正二年一二月二〇日民録一九輯一〇三六頁、同旨最高裁判所昭和三三年七月九日民集一一巻七号一二〇三頁)

とされている。

然るに、原判決の認定した事実からは、到底上告人担当者の行為が判例のいう「殆ど故意に近似する注意欠如の如き状態」があったとまでは評価できず、第一審判決の軽過失の判断が正しいといわなければならない。何故ならば、上告人担当者は、本件照会状で求められる被上告人の就業場所は出張先だと確信していたのであり(九丁)、富士セメントへの詳しい電話調査に基づき、「被上告人の勤務先を調べたがわからない」旨を第一事件照会書の回答欄に記載するばかりでなく、参考欄に「本人は出張で四月二〇日に帰ってきます。家族は左記住所にいる釧路市住の江町二道営住宅二二〇一号」と裁判所が付郵便送達をなすべきか否かを決定するにあたっての重大な事実を、具体的に詳しく付記して札幌簡易裁判所に返送しているのである(一〇丁)。(1)上告人担当者の右確信に基づいた真摯かつ誠実な右職務遂行、及び(2)「網走交通では会社外の者から被上告人に連絡の希望があれば勤務場所や居所を教えることになっていた」という事実は、本件訴訟における被上告人の本件尋問において初めて明らかにされたことで、当時上告人担当者において全く知らず、知る由もなかったこと、に鑑みれば、釧路交通網走営業所に連絡しなかった行為が、判例にいう「殆ど故意に近似する注意欠如の状態」であるとは、到底評価することができないからである。

原判決は、上告人担当者から右第一事件に関する右の「付記付の回答書」を受取って同事件につき付郵便送達の手続をとった、富所書記官の行為については、軽過失すらないと判断しており、この判断と比較してみても、上告人担当者に重過失があると評価するのは著しく権衡を失しており、誤ったものであるといわざるをえない。

二 「被上告人からの抗弁提出が予想されること」は、信義則違反の理由にならないこと

1 原判決は、「被上告人の妻淳子が被上告人の了解なしに上告人との間にファイナンス契約及びクレジット契約を締結したとの主張が、裁判において被上告人からなされることが当然予想できたこと」をもって信義則違反の理由の一つとする。しかしながら、このような判断は根拠がない。

2 まず本件の事実関係について述べると、原判決が指摘するクレジット契約は、淳子が被上告人の面前で契約書に被上告人の名前を書き、被上告人の印鑑を押印したもので(被上告人本人尋問調書八九頁参照)、買物は淳子が勝手にやった可能性はあっても、クレジット契約締結自体は被上告人の了解の下になされたものである。そして、クレジット契約に基づく淳子の買物代金についての上告人からの督促に対し、当初は、被上告人も、これに平和裡に応対し、代金の一部を支払っていたことは証拠上明らかである(丙第一号証)

しかも、原判決は、上告人の被上告人に対する提訴自体において、上告人に被上告人を害する意図があったとは認めがたいとし、次のとおり認定しているのである。

「第一事件及び第二事件の債務はもともと控訴人の妻淳子がクレジットカードを利用して控訴人の名を用いて被控訴人オリエントとの間でファイナンス契約をしたりクレジット契約をしたものであるが、控訴人は当初、被控訴人オリエントの社員辰口らからの督促に対して、妻の淳子が勝手にやったらしいとは述べつつも支払に応ずるような態度を示していたことが認められ、右各債務の内容、額、控訴人と淳子の関係などから、被控訴人オリエントとしては、淳子が控訴人の了承を得て控訴人の名で前記契約をしたか、仮に右債務が淳子により控訴人に無断でなされたものであるとしても、右交渉経過から控訴人はこれを追認したのではないかとの判断の下に訴を提起したとしても、あながち特に不相当と目すべき事情にあったとまでは認められない。(一六丁)」

提訴自体が適法な事件について、付郵便送達が許されない理由はない。また、相手方からの否認、抗弁の提出が予想されるからといって、付郵便送達が許されないという理由はない。クレジット関係の事件では、相手方が債務を争うが故に、クレジット会社が訴訟を提起するのは日常茶飯事であり、通常の送達が効を奏さない場合に、付郵便送達に移行するのは、訴訟手続上ごく当たり前のことである。相手方を害する意図をもって、照会書に就業場所不明の回答をした場合はいざ知らず、本件では、上告人には被上告人に対する害意がなかったことは、原判決が認定していることなのであるから、被上告人から抗弁(否認)の提出が予想されることが、上告人の信義則違反の理由になることはありえず、原判決には理由齟齬、理由不備がある。

第三 「特別(段)の事情」

一 「特別の事情」の用法の誤り

原判決は前記の大前提の判示にあたり、要件の一つとして特段の事情を掲げている。通常、「特段の事情」は、一般論に適用の例外を設ける方法として、「特段の事情のない限り」とか「特段の事情のある場合を除き」のような限定文言を付し、例外を認める余地を残すために使用されるのである(前掲伊藤正己「裁判官と学者の間二九頁」)。ところが、原判決は、原判決が要件とする「著しい公序良俗または信義則違反」に追加するものとして、「特段の事情があること」を要求するものの如くである。そして、前述のとおり、原判決は、特段の事情とは、

(1) 淳子が勝手に被上告人の名を用いてファイナンス契約及びクレジット契約をしたとの抗弁(否認)が提出されれば被上告人の主張が認められた可能性が高いこと。

(2) 被上告人に再審の訴えも許されてしかるべきであると判断される余地があり、被上告人において本件各一審判決に対する救済手段を尽くしていないと評価できないにもかかわらず何ら救済が得られない状態になっていること。

の二つだというのである。

しかしながら、このような事情は、仮に原判決の判旨に従うとしても、原判決のいう「著しい公序良俗または信義則違反」の要件の一事情として判断すれば足りることであって、裁判実務で一般的に使用されている一般論限定のための方法としての「特段の事情」を持ち出し、ことさら別異の使い方をする合理的根拠はないものであって、このような要件を掲げること自体、原判決には裁判の結果に大きな影響を及ぼす理由齟齬、理由不備があるというべきである。

二 被上告人の勝訴可能性についての判断の誤り

1 原判決は、「被上告人がファイナンス契約及びクレジット契約についての事件(以下本案という)の裁判において、抗弁(否認)を提出すれば被上告人の主張が認められた可能性が高い」と認定するが、これは裁判所の判断とは到底思われない暴論である。

本件不法行為訴訟では、クレジット契約、ファイナンス契約に基づく本案の訴訟物は直接審理の対象となっていないし、裁判所が特に、当事者にその主張・立証を促したこともない。従って、上告人は、本件審理においては本案の訴訟物についての主張、立証活動は行っていない。淳子や被上告人の言動には、上告人が被上告人を相手方として提訴したことが無理からぬところがあることは前記のとおり原判決自体が認めるところである。本案についての実体審理がなされる場合には、上告人としては、被上告人の主張に応じて、有権代理、表見代理、日常家事代理権、追認等の主張を提出することになるし、被上告人に対する本案についての本人尋問、妻淳子に対する証人尋問も、当然つくされなければならないのである。そして、本案の実体についての判決が、疎明ではなく事実の証明に裏打ちされなければならないのは当然である。それを、審理を経ることなく、『被上告人から、「淳子が勝手に被上告人の名を用いてファイナンス契約及びクレジット契約をした」、との抗弁が提出されれば、被上告人の主張が認められた可能性が高い』などと認定するのは、いかなる根拠に基づくものであるのか。原判決のこのような認定は、上告人の裁判権を侵害し、弁論主義、証拠法則、経験則に反するものであって、判決に明らかな影響を及ぼすべき実体法上、手続法上の法令違背(審理不尽)がある。このような原判決の誤った認定が、原判決のいう特別の事情になることなどありえない。

三 再審と被上告人の救済可能性についての判断の誤り

1 再審と被上告人の救済可能性の論点について、原判決は、「上訴期間内に再審事由を現実に了知することができなかった場合は民訴法四二〇条ただし書きにあたらない」とする最高裁判所平成四年九月一〇日判決を引用したうえで、「そして、この場合上訴の追完ができたことをもって同項ただし書きに該当すると解するのは相当でない。」「再審事由が存在すると認められる場合に、上訴の追完をなし得たことを理由に再審の訴えを許さないことは明らかに相当でない」(二四丁)とし、「本件において、被上告人の側で控訴の追完の救済手段を用いず、再審の申立をしたことが法律の不知であるとして、その責を被上告人に負わせることが相当とも直ちに断じがたい」(二四丁)と結論づけている。しかしながら、本件の結論に影響を及ぼす真の争点は、原判決がいう「上訴の追完をなしえたのに上訴をしなかったことが、再審を許さない理由になるかどうか」ではなくて、「被上告人が上訴の追完をなしえたのに、上訴をしなかったことが、本件不法行為申立を許容する、あるいはしない理由になるか否か」であって、被上告人に再審が許されるかどうかとは無関係のはずである。

2 本件証拠によれば、次の事実が認められる。

被上告人の訴訟代理人今瞭美弁護士は、第一、第二事件の各訴訟記録謄写により、遅くとも昭和六二年一〇月五日頃までには、再審事由を知っていた。右今瞭美弁護士は、本来、判決につき控訴追完の申立をなすべきところ、何を思い違いをしたのか、同月九日札幌簡易裁判所に対し、期日指定の申立をなしたため、同裁判所は同月二六日期日申立て却下決定をなした。このため、右今瞭美弁護士は、控訴期間を徒過することとなった。そこで、同訴訟代理人は巳むをえず再審申立をなした(甲第四一号証、同四二号証、同五五号証)。

即ち、もし、右今瞭美弁護士において、控訴の追完をなしておれば、被上告人は、本案につき、控訴審の審理を受けられたのであって、控訴の追完の救済手段を用いなかったことは、本件不法行為訴訟に関しては、正に原判決のいう法の不知として、被上告人がその責を負うべきものなのである(今瞭美弁護士は、本件以前において、付郵便による仮執行付支払命令送達については、訴訟行為の追完をなしていたこと(甲第五五号証六丁表)、また、付郵便による判決送達については控訴の申立を行っていたことを、自ら認めている(同一一丁裏))。

そして、原判決のいうように「上訴の追完ができたことをもって民訴法四二〇条一項ただし書きに該当すると解するのは相当でない」のであれば、被上告人としては、本案についてあらためて再審の訴が提起できる道理であって、「控訴人としては必要な救済手段を行使していないとも評価できないにもかかわらず結果的に何ら救済が得られない状態になっていることなどを総合すると、……法秩序全体の見地から控訴人を救済しなければ正義に反するような特別の事情がある」(二五丁)とする原判決には、明らかな理由齟齬がある。

第四 結論

以上の次第で、原判決には、理由齟齬、理由不備、審理不尽の違法があり、(1)確定判決が存在する場合についての不法行為の成立要件、(2)重過失の意義、訴状の有効な送達のないままなされた確定判決と再審事由に関する、すべての最高裁及び大審院判決の解釈、適用を誤ったことになり、判決に影響を及ぼす明らかな法令違背がある。

原判決は、消費者保護の美名にまどわされ、証拠に基づく厳密な事実認定と、論理に裏打ちされた法の正しい適用という司法の本分を踏みはずした杜撰なものであって破棄を免れない。

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